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強く生きる

HiGH&LOWと山田裕貴関連用。本業はオタクです。

【ネタバレ】赤雨ラストシーンの感想など

赤雨6回目見てきました。

1〜5回は前夜祭と舞台挨拶(本会場2回、ライビュ2回)でハシゴハシゴでみたので、今回一週間の間を空けて観れたことで初めて気付いたことなど、全然未整理ですが覚え書き。

石黒賢が素足にスリッポンだった。石田純一かよ!

・三男→アイカへの「壁だと思え」、アイカの性格からして長男に言われたことを話してるとも思えない。三男からあのワードが出てきたということは、そもそも三男も長男から同じことを言われたことがある、ということだとようやく気付きました。
友人にいったら、え、今頃気付いたの?みたいな反応でうわーーーくやしいーーーーー

石黒賢と次男が対峙するシーン、分かったような気がしてたけどまた分からなくなってしまいました。
直情型の三男は長男が死んだ時に、もう感情で尊龍イズムを受け継いでるので迷いはない。
対して思考して、納得しないと動くことのできない次男はまだ長男退場の時点では納得できていなくて、石黒賢を殴るのをこらえた時にようやく長男の黄金の精神(@ジョジョ)を継いだ、というとこまでは間違いない解釈だと思うんですけど。
弱い存在のままでは大きな流れに飲み込まれるしかない、だから強く生きろ、生き残れるぐらい強くなれーーというのが尊龍の遺志で、
ということは逆にあそこで石黒賢を殴り殺してしまう存在は憎しみから逃れられず、大きな流れに押し流されてしまう弱い存在だということ?
それとも単に復讐なんて誰も望んでない、憎しみを乗り越えて生きろということ?
殴るのをやめた、という行動からは後者の解釈の方がしっくり来るんだけど
ムービーに比べると赤雨は復讐ダメ絶対感が弱いし、先に尊龍の遺志を理解している三男が、石黒賢の別荘襲撃に同行してる時点でなにがなんでも復讐はよくない感はないんですよねー

ただ、ハイローを観ていてとても感じるのは身体言語の強さと、それに対する製作側の信頼感なので毎日家に引きこもってスマホとパソコンに向かってる人間がいくら言語でこねくり回しても本質はつかめないのかもしれません。
「拳は大切なものを守るために使え」も、大切なものとは?とか守るとは?とかいちいち考える必要はなくて単に「野球上手くなりたきゃ下半身鍛えろ」ぐらいのニュアンスで捉えればいいのかもしれない…
うーんでも演じてる人達やPは身体言語優先してる感あるけど、監督や脚本家はやっぱりクソオタ側の人達だと思うんですよねー
オタは解釈したいんだよ!咀嚼して反芻して納得したいんだよ!!!

ただ雅貴が殴るのを止めて広斗を見るところ、広斗が迷いなく首を振るのはずるいなって思います。
お兄ちゃんがまだ迷って悩んでるのにお前1人次のステージに行きやがって〜〜!

・一つ前の記事で、石黒賢を殴るシーンで広斗が遅れてくる理由が説明されてないけど、直前にバイクでバランスを崩してる描写がある…って書いたんですけど、バランス崩してるのは雅貴のバイクでした。ここに謹んでお詫び申し上げます。
まあなんかすごい急いでやってきた感は出してるのでバイク転倒したとか後続車に巻き込まれたとかなんかそういうのでいいかと思います。

・ED前のラストシーン、次男三男がフィリピンの高速道路を流すシーン、アテレコするならどういうセリフなのかずっと考えてたんですけど、今回やっとしっくりくるアテレコ台詞に思い至ってそれが今回の一番の収穫でした。見つめ合ってないで前を見ろというのは置いておきます。
あそこ、まず次男が伺うように三男をみる→三男は迷いのない微笑みで次男を見返す→子供時代バイクで走る長男のカットになり、共に走る次男三男が映し出される→なにかに納得したように破顔する次男→三男は微笑んだまま→空→EDっていう流れです。
あのシーン、次男はなんだかんだでまだ迷ってるので、三男に「なあ、兄貴はこれでよかったのかな?」って聞くんですよ。でも、三男には自分達の側にいる長男がはっきり見えているので、「兄貴なら一緒にいるだろ?」って返してきて、そこで長男のカットになるんです。
次男はその時のことを思い出すけど、やっぱり長男の姿をみることはできなくて、でも、自分の目の前にいる三男に長男が見えていることははっきり分かったし、三男を通して長男の気配を感じることはできたので「お前に見えてるならそれでいっか」っていうのが最後の破顔なんです。
あ〜〜〜〜〜次男の表面上の器用さとそれに反比例して不器用な内面つらい!生きて!強く生きて!!

わたしEXILE関連見始めたのほんとここ最近っていうか、そもそもハイロー観たのが8/28で、まだ2ヶ月経ってないレベルなので、本当に初見のファーストインプレッションのまま語ってるだけなんですけど、実際のTAKAHIROと登坂広臣の関係性もまさにこの次男三男の印象そのままなので当て書きって強いなって…

・教会で破壊される像、マリア像だと思ってたら監督のTwitterによると「女神像であり運命の象徴」らしいです。ついでに雨宮家は特にクリスチャンでもないらしい。
最期、破壊されて涙を流している女神像を見て、尊龍が微笑んで死地に向かうシーン、そこをどう解釈していいか未だに謎なんですけどなんなの〜〜?!
そもそも「運命」を善きものと捉えるか、それに従うべきではなく抗ってこそ真の自由みたいに捉えるかで全然違ってくると思うんですけど、最近のトレンドとして、あと全体から感じるジョジョ感からも、ジョジョ五部の「運命の眠れる奴隷」に近いのかなあと。
その印象から素直に捉えるなら、その前のシーンで、傲慢に自分達を見下ろしていた「運命」が破壊され、涙を流している姿をみて、己が運命に打ち勝ったことを確信して微笑み最後の敵に向かう、でいいと思うんですけど、それにしては女神像のカットが顔のアップで、「破壊された」って要素まで込みで長男が微笑んだようには見えないんですよね…カット的にはただあの女神像と目を合わせただけに見えるし、そうすると運命は自分の側にある、という確信からの微笑みなのかなあとも…ううう気になるよーーー!